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latest update 2011.10.15

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 医療法人 高梁整形外科医院 基本理念

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 電話のおかけ間違えにご注意下さい。特に局番のご確認を!夜中にラーメンの注文をしないように!

 既に内科等でお薬をもらっていらしゃる方は、受診時にその内容をお知らせ下さい。

 日々ニュース・・と言うよりブログ的な時々日記かな?(下記)

平成23年10月15日 長期無更新の言い訳:公私とも多忙、睡眠不足、PC更新で古ブラウザークラッシュ頻発、書き込み不安定、新PCでのHP再構築の暇なし。今日も古PCで書き込み中。今年始めの記事が消えている。

平成22年10月 7日
 しばらく更新がないと某氏よりご指摘がありました。この間、当院でも関節リウマチに対して生物学的製剤「エンブレル」の投与を開始しております。当院の特徴として、高齢のリウマチ患者様が多く、適応には苦慮せざるを得ない事例が多々あり、小数例で慎重に対処しております。高梁地区では他にどこの病院でも手を染めておらず、関節リウマチ患者様の大多数が県南の大病院に流れており、大病院は大病院で手一杯になりつつあり、当地区での連携を模索している現状です。リウマチ財団認定医として避けて通れないと考え、今後対応を拡充する覚悟です。

平成22年 4月13日 しばらく更新していませんでしたが、書き込み再開。PCを更新したが、新機種での書き込みにはなお環境整備が必要で延び延びとなっている。その間、2月の日本肘関節学会演題提出、論文提出、3月のリウマチ財団認定医更新手続き、その他私用でPCの前に座る余裕がない日々が続いています。

平成21年10月31日 新型インフルエンザが近隣小学校にじわじわ浸透している。ワクチンの数が限られており、第1回配布では整形外科は置いてけぼりだったが、このたび入荷出来、職員に接種を開始した。慢性疾患患者に対しては11月より接種開始の見込みだが、希望通り配布されるかどうか未定。先行き不透明な景気同様である。小学生に接種は12月以降なんて、とうに流行のピークを過ぎているでしょうに。

平成21年10月15日 日本骨粗鬆症学会に小倉が発表:「αD3+カルシウムとアレンドロネートまたはSERM剤追加投与による腰椎骨密度変化について」。つまり活性型ビタミンDとカルシウム投与だけでも、骨密度の加齢による減少を防止できるが、さらにアレンドロネートを追加することで、より一層骨密度増加を得ることが出来る。この事は諸外国文献ですでに明らかにされているが国内文献は少なく、実臨床経験で確認できたことで平素の治療に弾みがつくというものである。おりしも学会主導によるA-TOP研究会JOINT-02報告でも、アレンドロネート+VD投与の有効性が報告されており、私の報告はこれを独自に行って同様の成績を得たことになる。座長も、単独医療機関では異例の多い症例(計測2810例中集計212名)に注目していた。学会期間3日間みっちり聞きたいところだが、診療を休めない開業医の悲しさ、日帰り参加で自分の出番終了後会場を去った。

平成21年 9月 6日(日)本日は高梁医師会旅行として、シルク・ド・ソレイユ大阪公演 Corteo を見てきました。久しぶりに見るサーカスとは言え、ストーリー性のあるミュージカル仕立てを充分堪能いたしました。会場で大勢の観客の中にはちらほらマスク姿も。むしろ医師会一行16名揃ってマスクの方が異様だったかも知れません。医師会員軒並み休診にならないように、予防手段でした。

平成21年 7月26日 日本リウマチ財団中央研修会に参加いたしました。土日一括の費用ながら日曜しか参加できないので割高でしたが、有益でした。リウマトレックスは極めて有効な薬剤であると同時に小頻度ながら危険な副作用もあります。国内で把握された死者数、有害事象の生じた背景、未然に兆候を発見し速やかに対処すれば危険は回避出来る。最近のDMARD(抗リュウマチ剤)の中には、市販後、リウマトレックスより危険な間質性肺炎が予想以上に発生した薬剤があること(当院は採用していない)。ジェネリック医薬品の場合、純正品と異なり有害事象発生事例が把握できないため使って欲しくないとのこと。安価の故をもって公も推奨するジェネリックとは言え、従来通りゾロ品の名が相応しい場合もあろうかと。

平成21年 5月 9日 小倉は3月に日本リハビリテーション医学会臨床認定医→専門医移行試験を受け、合格致し、5月9日付の認定証が届きました。

平成21年 5月24日 あっと言う間に新型(ブタ)インフルエンザが国内に多発し、当地ではまだ明らかでないものの、時間の問題でしょう。幸い慢性疾患や妊娠中の方を除いて重症化しないそうなので、通常の季節性インフルエンザ同等の扱いになる様子。ともあれ強毒性(トリ)インフルエンザ蔓延の予行演習にはなった様です。

平成21年 2月 2日 「昔々お爺さんは山へ柴刈りに、お婆さんは川へ洗濯に」と言う時代は終わったらしい。山へ柴かきに行って肩が痛くなった老ご婦人がここのところ毎日誰かお見えになる。お爺さんは天国でお昼寝中、80〜90歳のお婆さんが山へ柴かきに行かねばならぬらしい。山で採った柴葉で堆肥を作れば化学農薬でない肥料が出来て良い野菜を栽培できるから。まして川に洗濯には行かぬご時世です。まあ無理はなさらないで下さい。

平成21年正月元旦 謹賀新年。今年も元旦に備中松山城に登ってきました。雑煮に餅を5ヶ食した後、午前11時出発。小高下より登山道に入り、鞴峠経由で山頂に至り小休止。大松山を横目に吊り橋を通らず切り通しを通って楢井方面からの新道に出、途中展望台から松山城を遠望し、高陣から高陣池に下ろうとするも藪こぎ状態しかも吹雪となり探索を断念し元の道へ出て、結局昨年同様楢井に出て、奥万田経由で帰着午後3時でした。今年は路面凍結もなかったが、用意したトレッキング杖はそれなりに役立った。防寒具は勿論、リュックの中は食料にその他遭難しても1日くらいは保ちそうな装備。写真は後日ギャラリーにアップ予定です。

平成20年12月30日 本日正午をもって本年の診療を終了いたしました。昼食に蕎麦をいただき、木戸医師手配による米国直送のナッツ入りケーキをいただきました。これが見かけの3倍はするかという充実した内容で、さすがにおかわりは出来ません。エネルギーを蓄えて午後は大掃除でした。ガーゼ交換が必要な患者さんが数人あって、休日中の予約と致しました。もちろん一般診療は出来ませんが。

平成20年12月25日 本日、高梁医師会員と市長の懇談会が催された。最大懸案の一つである市立成羽病院改築問題について、意見陳述させていただいた。要約は、「老朽化建築の改築は必要です。鉄筋建築のリフォームは耐震性確保に不安があり、老朽配管などすでに修理を要しており、いずれ改築問題再浮上は必至です。臨床研修制度のために医師不足と言うが、数年以内に人材に余裕が出るので医師確保は可能です。魅力ある職場になれば医師確保も容易になるでしょう、そのためにも改築が望ましい。病床削減はやむを得ないが、削減分は倉中が取るでしょう。一旦失った病床数はこの地域に戻って来きません。国立社会保障・人口問題研究所報告(平成20年)によると今後人口は減りますが、2030年まで高梁市の後期高齢者数は漸減に止まるので、有病高齢者数は減らないでしょう。鳥インフルエンザが蔓延したら、高梁地域で発生する多くの重症患者のうち、成羽病院で約半数をお願いしたい。病床は必要であり、間違ってもクリニックにするような過ちはしないでいただきたい。」 対する市長のご意見は、「本案件は最重要案件であり早急に方針を決定するため、新たに検討委員会を立ち上げる。現時点で過去の改築案を白紙に戻したが、病床削減か維持か、また経営形態も含めて白紙である。魅力ある職場にしたい事に変わりはない。」でありました。やや期待がもてました、よろしくお願い致します。

平成20年11月12日 当院開設10周年記念会を致しました。勤続10年の2名を表彰いたしました。1〜3か月遅れの方もありますが、来年の表彰になります。法人設立認可:平成10年11月2日。診療開始:平成10年12月2日。山あり谷あり晴天雨天御座候へど、引き続き職を全うすべく日々努力中に候。

平成20年10月12・13日 日本臨床整形外科医会研修会が岡山で催され、吉備路観光に地元会員として添乗いたしました。備中高松城址、足守侍屋敷、近水園(おみずえん)、緒方洪庵生誕地、備中国分寺、こうもり塚古墳と、地元にいながらガイド付きで観光したことが無かったので、結構新鮮でした。事前にネットでリサーチしておいたので、他県会員のフイの質問にもすらすら?

平成20年 8月23日 神戸市で小倉の大学同級会(30?/100名)があり参加。お互い頭が減ったやら白が増えたやら、教授や院長・部長級勤務医もいるし開業医がもいる、顔は直ぐ判るが名前が出てこず名簿見て思い出す奴も、病気した奴もいればやけに元気そうな奴もあり欠席者の心配やらで、わいわい飲みました。

平成20年 8月14日 PCの不都合でしばらく更新できずにいたが、本日再開。さる8月9日、笠岡第一病院に於いて上肢外科サマーセミナー in Kasaoka が開かれ、橋詰博行院長よりお招きを受け、「上肢から見た人類の進歩−比較解剖学の観点から−」と題してレクチャーをさせていただいた。当日は、小倉と同世代鳥取大学出身の田中寿一兵庫医科大学整形外科教授および、光嶋 勲東京大学形成外科科長による特別講演もあり、実に有意義な半日でした。誰か3名をして「鳥大マフィアの面々」と揶揄していましたが??また特筆すべきは、浅原弘嗣国立生育医療センター研究所移植・外科研究部部長(岡大出身)による最先端の遺伝子研究についての臨時講義があり、驚くべき内容に一同注目致しました。終了後懇親会があったが、私は車なので飲めませんでした、残念。

平成20年 6月 9日 6月5日横浜市に於ける日本リハビリテーション医学会に出席し、「骨粗鬆症に対する各種治療介入による腰椎骨密度変化について」展示発表をいたしました。内容はαD3+Ca、αD3+Ca+ビフォスフォネート、αD3+Ca+SERM投薬の成績比較で、骨密度増加率はαD3+Ca+ビフォスフォネート>αD3+Ca+SERM>αD3+Caでした。概略はこれまで発表されていた欧米文献同様の成績でありますが、国内の大規模検証は進行中でまだ最終結果は公表されていません。単施設ながら先駆けとなったようで、出席の他大学先生方からお褒めの言葉がありました。

平成20年 5月 4日 本日当番医。連休の中日とあって平日の3割ほどの来院有り、特に午前中は多忙でした。1名を大病院に紹介させていただいたが、先方もさぞや忙しかったことでしょう。

平成20年 4月30日 
連休の狭間は多忙であります。この様な大型連休は有り難くもあり困惑もある。有り難いのは、この隙を利用して学会の準備が出来ること。ここ20年以上そうした日々であり、連休に遠出した記憶はありません。月初めは診療報酬請求業務に忙殺され、その後は6月のリハ学会の準備をします。困惑するのは、ガーゼ交換その他で通院が必要な方に対応することが困難な事です。幸い今回は4日(日曜)が当番医で、リハビリ以外は対応できそうです。さて年齢に関しては22日でしたが、本日別の意味で一つの節目の日であります。懸案事項は着々こなしております。乾杯!

平成20年4月22日 大台に乗りました。

平成20年 4月17日
 つくば市つくば国際会議場(第51回日本手の外科学会)に出張。往路新幹線では岡山赤十字病院のK先生と同じ車両となり、大阪で指定席の主が乗車するまで隣席で歓談した。K先生はポスター展示発表。小生かつては演題発表の常連だったが、昨今ご無沙汰している。また遠からず予定に入れることにしよう。当日は日帰りでした。

平成20年 3月23日 小倉所有の学生アパートについて打診有り、「HPに書かないのですか?」のお求めがありましたので、早速対応してみました。

平成20年 3月14日 20時6分 ごく短い地鳴りに続いて、ずし〜ん〜ん〜ん〜んと縦揺れ。暫し動かず待機したが横揺れは一向に来ず、はてなとテレビを付けたが報知無く、5分?ほどしてネットで震源を知りました。北緯47°48’東経133°42’と言うことは、加賀郡吉備中央町大和神社近辺・・と言うことになる。深度20km、マグニチュード4.0。この近辺には珍しい直下型。ここ2〜3日続いた春の陽気が本日の寒冷前線通過で急に冷えたが、身震いしたのは私だけではなかったらしい。

平成20年 3月 9日 本日は珍しく暇な当番医でした。午前中は来院者0、午後3名でした。お陰様で日頃出来なかった事務処理が出来ました。たまにはこれもよいですね。

平成20年 2月20日
 長く放置していました。本日は久々に手術のない手術日で、机の上に積み上げられたままの書類を片づけたり、比較的ゆっくり過ごせました。さて今年は2度ほど雪かきをしました。2月に入って雪は左程でありませんがずっと寒く、倉庫の整理などする気にならず、部屋が片付きません・・と言い訳をしてみる。本町は4月の雛祭りに向けて始動しつつあります。ポスター作りのために仕舞ってあるお雛様を出して写真撮影してまた仕舞いました、ん10年の眠りからにわかに忙しく。

平成20年 1月 1日 謹賀新年。元旦は松山城でしょう。本日は寒いながらも好天に恵まれ、朝、雑煮を食ってエネルギーをため込み、午後0時半徒歩で医院を出発。旧登山道を通って松山城へ、途中市街地を望むが医院は前山の影で見えず。そしていよいよ小松山の天守閣。好天を背景に撮影(ギャラリーに写真掲載)。ただし本丸には上がれなかった。後で聞くと正月三が日は管理人不在のため入れないとか。足を伸ばして大松山へ、そこには石標あるのみ。いずれ最古の櫓の再建計画があるらしい?臥牛山は野猿の棲息地ながら本日はここでわずかに気配を感じたのみだった。大池、切り通し吊り橋を経て楢井−松山城線道路に。ここで高陣の標識が目に入るが、寄り道は次回にする。ここまで山道は何の不安もなかったが、一部凍結したアスファルトの上は歩きにくい。楢井、奥万田経由で医院帰着は午後3時50分でした。その夜は年賀状整理の上、K先生宅で遅くまで飲んでおりました。



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